小口十四子の日記

日記やイラストとたまにお知らせも載せます

37歳、中学生の娘さんがいる女性の方です(加藤諦三先生の声で)  

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娘はあまり物事を深く考えるタイプではなく、自分の主張を通すより周りに合わせる楽さを取る人なので、友達とのトラブルも大してなかったし、私とは正反対で基本的にポジティブなので学校の諸々の事も楽しく参加するし、機嫌が悪くなったら美味しいものを与えておけば元気になるので、これまで子育てで悩んだこととか苦労したことががあまりありませんでした。中学生になって思春期を迎えても反抗期と言えるような反抗をするわけでもないのですが、親の一部みたいな感覚であった子供の状態とは違って、一人の人格を持った私とは別の人間、半分大人な他人として最近は存在しているので、戸惑うことが多いです。

これまで家の中で娘に気を使うことなんてなかったけど、この頃は私が娘に人見知りしてしまうことが時々あります。一番気楽な相手だったのに、話しかけるのにも気を使ってしまって、家の中に今までいなかった別の人が突然現れたような感覚を感じることもあるくらいです。
子離れするのとか、最近のそういう気を使ってしまうのとか、子育てについて初めてぶつかった壁を目の当たりにしているのですが、どちらも突き詰めると、子供の方の問題というより、大人然とした態度が取れない私自身の問題なのですが。

最近の悩み1
車で娘の習い事に送り迎えをしているのですが、車に乗っとたんにイヤホンをつけて自分の聴きたい音楽に没頭し始めるので、最初は「中学生の頃って一番音楽が沁みる時期だったよな〜そういう年頃になったのか〜、聴くが良い、好きなだけ聴くが良い」と思っていたのですが、話しかけても何の反応もないし、だんだん自分がバスかタクシーの運転手かという気持ちになってきて思わず「私は交通機関じゃないんですけど」と一度だけ娘に言ってみました。思春期の子供の親が一度は口にするセリフ…私も言われたことがある「お母さんは運転手じゃない」です。娘は「ああ、うん」と音量を下げたりしてちょっとは気にするようにはなりました。しかし果たしてそれで良かったのか、と思ってしまう自分もいるのです。音楽を聴きたい時期に好きなだけ聴くのが大事なのか、送ってくれてる人に対してその態度は失礼だと教えるべきなのか、どちらを優先すべきなのか。自分なんて、イヤホンで音楽聴くに留まらず、運転してくれてる母親の尊厳さえ完全無視してイヤホンで聴いてる曲を結構な大声で気分良く歌ってたりしてたので(聞かされてる方が地獄なやつ)私に比べたら全然マシだけど、自分と比較して同じだから良いと思ってしまうと、私のような非常識な社会不適合子供おばけおばさんを作り上げてしまうことになるので、判断基準にしてはいけないのです。社会人になった時に、そういう配慮ができない人だったら問題だし人としても嫌なので、今が伝えるべきチャンスなのでは、こういう機会に親が教えるべきことなんだろうな、とも思う。だけど、思春期の頃に車の中で親と話すより聞きたい音楽をイヤホンで聴くくらい普通というか、むしろ健全というか大事な時間のような気もするし。どっちが正しいんでしょう。

テレホン人生相談に相談したら…ってちょっと想像してみただけで大原先生の「お母さん、あなたね、」って声が聞こえてくる…「先ほどからお子さんのことを考えてるようなお話の仕方をされてますけど、お母さん、あなたは教育という言葉を振りかざして、良いですか、お母さん、あなたの心の奥底に、単に娘に構って欲しいっていう自分の欲求があることに、お気付きですか?」…とか、怒られるんだろうな。頭の中で大原先生の説教が止まらない。

子育てについて大したポリシーを持ってきたわけでもないですが、中学生も後半に入ると、子育ての仕上げ段階に入ってしまったんだなと感じます。ここへきてこれで本当に良かったのか、親として伝えるべき教えておくべきことをちゃんとやってきたのだろうか、と色々不安になっています。

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手帳  

春休みなのでお墓参りと買い物を兼ねて母親と娘と三人で東京に行ってきました。
10年以上の間、毎年悩むけどどうせ続かないし…と諦めてきたほぼ日手帳を新年度のウキウキした空気にのせられてついに買ってしまいました。
毎日色々感じたり考えたり、生きていればそれなりにしているはずなのですが、メモするのが面倒で、”書き留めたりせずに自然と淘汰されて記憶に残ったものにこそ価値がある”、”忘れてしまうような事なんて、所詮その程度の事なんだ”と、意味ありげな風に言い訳を仕立て上げて来ましたけど、結構重要なことも普通に忘れてしまって、その時に感じた「あの時、すごく心が動かされたな〜…何かで」て、なんとなくの感情の記憶だけうっすら残っていて、何があったかどういう種類の感情だったかも忘れているのでこれはもう日記的なものをつけなければ、何も残らない文字通り”今を生きる”だけの毎日になってしまうという恐れもあり日記代わりにもなるほぼ日手帳を使うことにしたので、ちゃんと日記を続けるのが新年度に掲げる第一目標ですね。

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ひろせべにさんの個展で購入した栞をカバーとの隙間に挟んだら楽しい手帳になりました。

元旦も心新たにしますけど、寒くて辛い冬が終わった春、学年の変わり目である4月の方が新たな年!という感覚が強いです。

母と娘と三世代で初めてお墓の前で写真を撮りました。あと三日前に「ラ・ラ・ランド」を三人で見ました。昔はミュージカル特有の不自然さ(喧嘩してたのにいきなり一緒に歌ったり踊りだしたりする)を受け入れられなかったけど、そんなことよりテンションが上がる歌と踊りを見せてくれればありがたく、楽しかったです。


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「個物」展と人生フルーツ  

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永井ミキジさんの「個物」という展示に行ってきました。
素敵なものがたくさんありました。一つ一つにここへ来るまでの過程の物語があってどれもこの機会を逃したら出会えない一点ものばかりなので選ぶのが本当に大変です。
そして私は前から欲しいと思っていた50音のハンコに出会ってしまい、宝塚歌劇団のトロフィー(努力賞)に一目惚れしてしまい、買ってしまったのです。
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宝塚のトロフィー、とても品が良い素敵なトロフィー。
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何も努力してないけどお金を払って努力賞を獲得しました。
これを得るまでに、どれだけの苦労があったことか想像すると少し申し訳ないです。

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杉並海の家は庭も縁側もあって、二階には作り付けの二段ベッドがあったり、建物も楽しくて魅力的なギャラリーでした。


ポレポレ東中野で「人生フルーツ」という映画を見てきました。
ここ数年の悩みというか課題は子離れで、子供が自立した後にどうやって一人で生きて行ったら良いかが分からないので人生の指針となるような映画や本を求めています。「幸せなひとりぼっち」も見たいと思っているのですが、なかなか上映日と自分の予定が合わないのでまだ見れていません。
「人生フルーツ」とても良かったです。私は自分が失敗してしまったので結婚というものにネガティブな発言ばかりしがちですが、あんな風に素敵に添い遂げられる人生を来世では送ってみたいものです。まあでも映画や本になるくらいだからあそこまで理想的な関係性の夫婦で居られるのはやはり難しいことなんだろうな。
はあ〜っとため息が出るような言葉が沢山ありました。最高のガールフレンドって。良いな〜
食べなきゃいけないから生きるのは大変だけど、食べることをきちんとすることで謙虚でいられるしちゃんと人は立っていられるのかもしれません。食べることに限らず、掃除をするとか手入れをして大切に保つとか、そういうことをちゃんとやるだけでも人生忙しい、ということが面倒なことだけど有り難いことだと思いました。
それと、やっぱり老後は(と言わず今すぐにでも)森で暮らしたいと強く思いました。

壊れたものを捨てずに修理して使ったり、植物を種から育てて林や森にしたり、誰かの手を渡って時間を経て来た物の価値を再発見してまた他の誰かの手に渡って大事にされたり、長い時間をかけたからこそ価値が高まるというのが個物展でも人生フルーツでも共通して感じるもので、人にも物にも心して大事に関わらないといけないなと思った二日間でした。



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全身麻酔と尿意  

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またしてもだいぶ間が空いてしまいました。毎年1〜2月は何かしら体調を崩すのですが、今年は歯のトラブルで、この2ヶ月は歯に振り回された日々でした。
お正月に親知らずの虫歯が原因で顔が大福みたいに腫れて入院したのですが、2月末に再び入院して4本の親知らずを抜いてきました。今回は歯を抜くことより、人生初というかできれば最初で最後にしたい全身麻酔の方が脅威でした。
想像してた普段眠りにつくような感覚とは全然違って手術室で大勢の医者や看護師に囲まれて冷たい手術台に乗せられてスポットライトと視線を浴びまくるので、頭は超緊張状態で冴えまくっているのに、薬が効き始めたら無理やりシャットダウンさせられる、強制終了という感じ。眠る時が徐々に薄らいでだんだん暗くなっていくフェードアウトのような感じだとすると、麻酔は猛スピードでじわじわ薬が染み込んできて視界が真っ黒になっていくので「わー!やめてー!」と思っても抗えないうちに意識がプツッと切れます。不慮の事故とか殺されたりとかして突然死ぬことになるとこんな感じなのかなと思いました。あんな風に「マジで!?これで終わり!?え、え、ええっ!!」とか思ってるうちに終わるんだろうな。すごく気持ちが悪い嫌な感じだったな。
私が受けたのは点滴から入れる静脈麻酔というものだったので、麻酔の種類によっても違うのかもしれません。

何かの夢を見ていたのですがそれは覚えていなくて、起こされたら全部終わってベッドに移されて病室に運ばれて寝ていました。朦朧とする中4時間くらい酸素マスクをして動いてはいけないということだったのですが、3時間くらい経ったところで猛烈にトイレに行きたくなって、看護師さんに言ったら尿受けの皿みたいなものを腰の下に入れてくれたのですが、その姿勢ではどんなに頑張っても出すことができず、泣きそうになりました。ナースコールをして看護師さんに「どう頑張っても出ません」と言ったら「恥ずかしいからね。自分で出来ないって決めちゃってるんだよね」って、自分で限界設定しちゃってるみたいな、甘えてるみたいな、精神論の問題的なことを言われたけど、恥ずかしいとか思って無いっつーの!麻酔で力も入らないし物理的に無理なんです。と言いたかったけど喋るのも体を動かすのもままならない状態だったので言い返せませんでした。
それにしてもおしっこが出来ない、出ないってなんて人を情けない気持ちにさせるんだろう、そしてなんて辛いことなんだろう、トイレでおしっこができるってなんて幸せなありがたいことなんだろう、ということをベッドの上でずっと考えていました。トイレに行けるってなんて幸せなことなんだ、トイレに自由に行けるだけで十分幸せだと思って今、生きています。この感覚に名前をつけるならば、IMALUの名前の由来である生きてるだけで丸儲け、みたいな、トイレに行けるだけで丸儲け、"TOMALU"となるでしょう。
でも看護師さんもお医者さんも素晴らしくありがたい存在の人々で優しい看護師さんばかりでしたので本当に現代医療の進歩とそれを支えてくれいている存在に感謝しています。

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あけましておめでとうございます。  


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あけましておめでとうございます。
前回からだいぶ間が空いてしまい、色々なことがあったはずなのですが忘れてしまったことも多いし沢山ありすぎてこんなに空いてしまうと何を選んで書けば良いのかわからないものですね。
直近の話題として印象に残っているのは、お正月に親知らずが虫歯になって顔が腫れて、一週間入院したことです。まさか虫歯で入院するとは思わなかったのですが、抗生剤と痛み止め飲んでれば引いていくだろうと甘く見ていたら、引くどころかどんどん膨らんでいってこのままじゃ顔が破裂する!と怖くなり、痛みにも耐えられなくなって入院することになりました。
普段薬は毒だと思い込んでなるべく漢方薬を使ったり、化粧品や洗剤、食べ物も自然派のもので生活したいと心がけているけど、入院するなり点滴を一日中打ちっ放しで、普段の心がけなどが一気に全否定されて薬漬けの毎日でした。でもこの痛みをなんとかしてくれるならもう何でもしてくれぃ!女紹介してくれぃ!という気持ちでした。西洋医学万歳!医療の進歩本気(マジ)感謝!という思いで過ごしていました。
エッセイ漫画を描きたいとずっと思っているので入院の後半暇な時に入院についての漫画のネームを少し描いたのですが、結局描くのが遅すぎて全然進まず、退院したら入院で休んだ分の溜まった仕事に追われて、こうやって描かないまま私の人生は終わっていくんだなぁ・・・と諦めそうになっている所に今います。でも猫についてのエッセイ漫画は今年こそ描きたいです。

最近見て面白かった映画
クリーピー 偽りの隣人
この世界の片隅に
マッドマックス 怒りのデスロード
海よりもまだ深く
サウルの息子
人生スイッチ

一月からの新ドラマで見ようと思っているもの
東京タラレバ娘
住住
カルテット
山田孝之のカンヌ映画祭
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お母さん、娘を辞めてもいいですか
スーパーサラリーマン左江内

あとテラスハウスも久しぶりにテレビでやっているので見ています。


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